痛快冒険活劇にして上質なミステリ
黒川博行作品。
この本を紹介してくださった先輩からは「むちゃくちゃ面白い」との前置きをもらってから読んだのですが、まさに聞きしに勝る面白さでした。
シリーズの3作目ということらしいのですが、特に支障なく最後まで読めました。
特筆すべきは恐ろしいほどのリアリティ。
現実に世界の仕組みがこの小説の通りになっているのではないだろうかと真剣に考えてしまうほど、実に詳細に構造的に社会の一面を切り取っている。
ある意味人間らしいともいえる醜くさを登場人物のほぼ全員が持っていて、特に威張り腐っているお金持ちがどれほど多く、どれほど汚いかを執拗に描くその筆致には”恨み”さえ感じるほど。
舞台の中心地は大阪、そして奈良と兵庫の神戸。
地名や道路などの記述も詳細で、地理関係もリアルそのもの。
登場人物が話す関西弁も地域ごとに微妙な使い分けがあり、気持ちの悪い妙な関西弁は一言も出てこないという徹底振りです。
こうした細やかなリアリティが、作品の中心テーマとなる本当の嘘を巧妙に隠しており、痛快無比な冒険活劇であると共に、上質なミステリーとなっていることを賞賛したい。
一番弱い立場の人間にも言い分がある
ざっくりといえばヤクザ系の小説だが、堅気の青年と超イケイケのヤクザがコンビを組んで、漫才さながらの掛け合いを展開しながら、お金儲けの悪巧みを進めていくさまはとにかく楽しい。
口だけが達者でなんのとりえもない堅気の主人公と、頭が切れ知識もお金も豊富に持っていてしかも喧嘩で負けたことのないイケイケのヤクザ。
欲が先に立って何にも怖いものがないヤクザの無茶苦茶な言動に、窮地に追い込まれて怖いものだらけの堅気が振り回されるだけでも面白いわけですが、それだけではありません。
この堅気の主人公が人並みに欲もあってなかなかふてぶてしく、人間的過ぎてかっこいいところが一つもないのになぜか肩入れしてしまいたくなる愛嬌のある人物なのですが、時に鋭いことを言って、ヤクザなどの悪人の代表格を煙に巻いたりやり込めたりするシーンもあるのです。
一番弱い立場のはず金も権力も持たない堅気の人間が、正義を立てに極悪人にほんの些細な反抗をして見せる。
ここが面白い。
ヤクザ世界の理屈や汚れたお金持ちの理論は一般の堅気には通用しない。
道理や正論の前では暴力や権力も一瞬のためらいを見せる。
ま、一瞬だけど、そこに爽快感を感じるのです。
時間を忘れる面白さ
文庫本にして上下巻の長編ですが、冗長な感じは一切なく、息もつかせぬ急展開が連続します。
複雑な人間関係も詳細な説明があって安心して読めますよ。
氷山の一角を吊り上げようとしてなかなか上げられず、ようやく全貌が姿を現すと地面と繋がっていた、というような、とにかく読み応えがある小説です。おすすめ!