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僕の死に方 エンディングダイアリー500日 金子哲雄

2019年7月10日

僕の死に方 エンディングダイアリー500日 金子哲雄

後世に語り継ぐべき類稀なる一書

最初に結論を述べます。

この本は10年後も20年後も読まれるべき、死に様を死の直前まで克明に記した類稀なる一書です。

41歳で急逝した売れっ子ジャーナリスト金子氏が成し遂げた、最後にして最高の大仕事であると賞賛させていただきます。

金子氏は努力の人でした。

誰も踏み込んだことのない世界へ自らの足で一歩踏み出し、道を作ってきた人物です。

その大変な闘争も「好きなことだから楽しい」と、死の直前まで辞めませんでした。

死を見つめ、死から逃げ出さず、最後の最後まで「生きる」ことにこだわりました。

彼にとって仕事こそ、人に笑顔になってもらえる情報を発信し続けることこそ「生きる」ことでした。

そんな生き様を最後の最後まで支え応援し続け、添い遂げたのが金子氏の妻・稚子(わかこ)さんです。

作品の前半は金子氏による人生の軌跡と終末の過ごし方について死ぬ間際まで書き続けられた記録となっています。そして後半は稚子さんによる奥様の立場から伴侶の最期を看取った者の心のありようがリアリティあふれる筆致で綴られた「あとがき」となっています。

この「あとがき」を読んだ後、もう一度前半を読み返すと、初見の感想と違った印象が心から沸き起こってくるのを感じました。

つまり奥様の視点が加わわることで、言葉の重みがいちいち変わってくるのです。

(奥様の稚子さんの視点で記された「金子哲雄の妻の生き方 夫を看取った500日」という本も出版されています)

テレビでのパフォーマンスと現実

正直に申し上げて、テレビで拝見する金子氏を私はあまり尊敬していませんでした。

かなり肯定的に分析しても、とても愛想が良くて語り口もやわらかくて、人を和やかな気持ちにさせる人だな、程度の印象です。

ところがどっこい、彼はとんでもなく「賢明」な人間だったんだと、この本を読んで初めて知ることができました。

まず文章を読んで、言いたいことがわかりやすくて読みやすい。すぐそのことに感動しました。文章力で頭の良さが分かるレベルです。それだけでもすごい。

そして自分は何をするのか、何をもって「生きる」のかを若かりし頃より常に念頭において行動してきたという、そのブレのない人生にも驚嘆します。

また、自分がやると決めたことを常に高いレベルの品質でやり続けることを信条としてきたという「努力家」としての一面も、テレビを見ているだけでは知ることができなかったことです。

やり残したままでは死ねない

そんな仕事人として一流の人間が、突然「たとえ今死んでも驚きません」と医者から余命0日の宣告を受けるのです。

なんと世の無常なことでしょう。

「僕が何か悪いことをしましたか?」と神を呪ったというのもうなずけます。

しかし彼はそこで立ち止まりませんでした。

まず最初に病気を隠したまま仕事を続けるということを決めてしまいます。これにはかなり衝撃を受けました。

私にも末期ガンの父を看取った記憶があります。残される家族の思いとしては、一日でも長く生きていて欲しいという強い感情があり、とてもじゃないが命を縮めるようなことだけは絶対にして欲しくないのです。

それを命を削ってまで、最後まで社会と関わっていたいとわがままを決め込むのです。奥様としてはお願いだからやめて、と胸が張り裂けるほど思ったことでしょう。

しかしそれが、かえって彼の寿命を延ばすことになるのです。

臨死体験をへて死への恐怖はやがて「遣り残したことを最期までやりきるまでは死ねない」との覚悟に変わります。

今まで関わってくれたすべての人へお礼とお詫びの気持ちを込めて一冊の本にまとめよう。その最期の総仕上げこそ、実は自分の使命だったのだと金子氏は自覚するのです。

そしてペンを置いたとき、いよいよ本当の死が訪れます。そこに後悔はありませんでした。

生き様を最後まで貫く

本書では「自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。濃い人生だった。そのことを、誇りに思う」と人生の最後の感想が述べられています。

また「僕は自分の人生に90%満足している」と奥様に話し、死後も必ず僕が守るから大丈夫だからねと奥様を励ましたそうです。

自分の死を見つめ、死の準備を着々と自分で進めていく姿は、一面ではあまりにクールで達観し過ぎているようにも見えます。

遺書を書き、葬儀の手配をしつつ、お通夜に来てくれる人にとって交通の便が悪くないかを心配し、そこで食事は何を振舞うかまで自分で考えて決めていくのです。

会葬の礼状も自分で書いて用意します。いつ死ぬか分からないから、いつ死んでもいいようにしておく。これはクールなわけでも達観しているからでもなく、金子氏の生き様なのです。

相手に喜んでもらいたい、仕事においては常にグッドパフォーマンスを提供したい。そして自分の葬儀においても、感謝を込めてお礼とお詫びの気持ちを自ら伝えたい。

「生きる」とは

私はこの本から、自分にとって「生きる」とは何なのかを幾度となく問いかけられました。

死について考えておくことで生がよりリアルになり、一日一日がより充実したものとなるのだと教えられました。

題名は「僕の死に方」となっていますが、これはそのまま「僕の生き様」とも読めるのではないか。

自分として、金子哲雄として「生きる」ことにこだわり抜いた人生。それはあまりに短すぎましたが、悔いのない一生だったに違いありません。

ですが、彼が遺してくれたものの大きさを考えるとこちらの胸は苦しくなります。

自分の人生を使い切ることで残された本なのです。これほどありがたい本はありません。死と引き換えにして遺されたこの本。これまでに一体誰がこんな偉業を成し遂げられたでありましょうか。

もう聞こえなくなった悪口

最後に言いたくないことも書いておきます。

この本が発売されて間もない頃、「最後の最後まで金儲けかよ」、「自分の死さえ利用してそんなに有名になりたかったのか」、「本が売れるためのうまいメディア戦略の勝利だ。これこそ流通ジャーナリストとしての名仕事」などという、あまりに心無い批判めいたレビューを見てめまいを伴うほどの怒りを感じたことがありました。

今ではそれらの悪口は聞こえなくなりましたし、逆に評価する声がどんどん広まっている気がします。

人は必ず死ぬ。誰も逃れられません。

目に見えないから見ようとしないだけで、生まれたときから常に砂時計の砂は落ち続けているのですから。その「限られた時間」の中で、どう生きて、どう死ぬか。この本は一つの答えを教えてくれているように私には思えるのです。

この本は10年後も20年後も読まれるべき良書です。

死期を悟った人にではなく、むしろ若くて未来のある少年少女達にこそ読んで知っておいてもらいたい大事なことが記されていると思います。

是非一家に一冊。

 

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