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私の評価と世間の評価が一致しない件
「ガチ☆ボーイ」は、世間の評判とは関係なしに私が感動しすぎてびっくりした映画です。
ちなみに映画館大賞「映画館スタッフが選ぶ、2008年に最もスクリーンで輝いた映画」第81位。
記事を書くにあたってあれこれ調べているうちに、私がこんなにも面白く感じ、涙で前が見えないほどになった映画なのに、あまり世間様の記憶には残っていないらしいことに気づいて再び驚きました。
私が感じた感動は外の人と共有のものではないらしい。
こんなにこんなにいい映画なのに。
ちなみに脚本は、朝ドラ「とと姉ちゃん」の西田征史さん。
プロレスの面白さ
その問いに答えを与えてくれたのは、あるプロレスファンのレビュー記事。
「この映画にはプロレスの真髄が、面白さの醍醐味が描かれている。プロレスファンなら絶対に良さがわかる」
という趣旨の発言を見た時、「これか。だから私は感動したのだ」と直感しました。
私はなぜだか幼いころからプロレスが好きでした。
流血シーンなどは怖くて目をそむけながらも、布団にくるまってテレビの前を決して動きはしませんでした。
今ならその理由を少し説明できます。
それは、レスラーが観客を喜ばせることにそれこそ体を惜しまずに真正面から取り組んでいる、ある意味で真剣(ガチ)のショーだからです。
計算されつくした段取りと肉体を酷使したパフォーマンス、見る者を突き動かす気迫と闘志、期待を煽られ時に裏切られる結末。
何事かに思い切り真剣に打ち込む男達の姿は、幼いながらも男であった私の血をたぎらせていたのかもしれません。
しかし、プロレスの楽しさを知っている人間は、私が思っているよりも少ないようです。
万人ウケしないプロレス
プロレス独特の楽しみ方は、ほかの「スポーツ」を観戦するのとはまるで違います。
キャラを知り、因縁を知り、得意技や見せ技を知り、弱点を知って、そして強さのランキングを理解することで、プロレスは一層面白くなります。
見せ場にターンがあり相手の見せ場を耐え抜いた時に興奮が絶頂になることや、決まると思わせて決まらないことの期待と緊張、大技が出るまでの手順がすべてお約束の煽りであることなど、この面白さがプロレスを見たことがない人にはまったく理解できないのだということは、実は妻から教わりました。
ある日約三時間に及ぶプロレスの生観戦を終えて妻は私にこう言いました。
「たっぷり見せられたけど、結局何が楽しいのかまったくわからなかった。とりあえず腹減った」
確かにもらったチケットだったとはいえ、有料の観戦シートです。
場所もそんなに悪くない。
にもかかわらず、メインイベント中にさえあくびを繰り返して、ついにトイレに立ち、席に戻るなり「もう帰ろうか」と言ったのです。
そして周りを見渡せば、30代以上の女性のほとんどが、妻と同じような寒い目でシートに深く腰かけていたような気がしました。
ガチ☆ボーイの秘密
ここで一つの不安が頭をもたげてきます。
ガチ☆ボーイは、プロレスを題材とした映画です。
プロレスを好きじゃない人には、もしかしたら面白くないのかもしれない、と危惧するのです。
こんなに良い映画なのに。
この映画の見所の一つは、洗練されたへなちょこ大学プロレス同好会のリアリティです。
中途半端な肉体作りと演技力をベースとしたカリスマ性のかけらもないキャラ達による安全第一を標榜するプロレスサークルが盛り上がっているわけはない。
しかし、彼らはプロレスが好きで、プロレスサークルがとても好きなやつらです。
そのへんの大学生感覚もなんだかうなづける。
そこに、大学内でも有名な秀才五十嵐が入部希望生として登場。
何でもメモをとり、ことあるごとにポラロイド写真を撮影する勤勉な態度に、メンバーは若干の違和感を感じつつも、五十嵐は持ち前の明るさで徐々に部員のなかにとけこんでいく。
この佐藤隆太が好演を見せている主人公の五十嵐の人物像が、まるで佐藤隆太を生き移したような好青年で、思わず応援したくなるような存在です。
しかしどうも要領が悪いのか、プロレスに必要な基礎的な段取りやお約束が覚えられない。
そして運命のデビュー戦で、ついに段取りを完全に無視したガチバトルを始めてしまい、勝てないはずの先輩レスラーに辛勝。
安全第一を標榜する同好会としてはあるまじき事態ですが、いくらやられても立ちあがる予測不能の新人レスラーの奮闘ぶりに観客は大興奮。一躍人気レスラーとなってしまいます。
在学中に司法試験も合格できると噂の秀才が、なぜうらぶれたプロレスサークルに入部しようと思ったのか。そして彼の試合がなぜガチバトルになってしまうのか。そこには、五十嵐が抱える重大な秘密がありました。
ま、その秘密は別に知れ渡っている秘密なのでネタばれもくそもありませんが、もしこれから見ようと思っているなら、なんの前情報も持たずに見て欲しいのでそのことはここでは伏せておきます。
満足のいく2時間をお約束します
とにかく前半部分のさまざまな出来事が、無駄なく張り巡らされた伏線となっており、クライマックスとなる最終戦にそのすべてが凝結し、感動のビックウェーブが押し寄せます。
特筆すべきは、試合の組み立てや見せ方の巧さです。
伏線の回収がプロレスの興奮と見事にマッチしていて、大いに盛り上がる。
結末を含めてそれまでの一連のやり取りは、プロレスの精髄を表現しようとする映画の最高峰の出来栄えと言って過言ではありません。
なんといっても役者たちが本気。
一般人にはあまりに危険なプロレス技さえ、一切の吹き替えを使っていないそうです。
なみなみならない鍛錬とプロの指導がなければ不可能な事でしょう。
また技をかけるだけでなく、技を受けるということの凄まじさも、画面を通してはっきりと感じることができる。それこそガチでなければ、伝わらない部分です。どう見せれば面白いか、なぜ興奮が高まるか、ということが考えつくされている見事な演出と言わざるを得ません。
プロレス好きにはもちろん超おすすめ。
そうでなくても邦画的青春感動モノをお探しなら、怖いもの見たさでもかまいません。とにかく一度手に取ってみて欲しい作品です。
約2時間を費やした後の得も言われぬ満足感を約束します。でも万が一、どうしても合わなかったら、その時はごめんなさい。