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告白 湊かなえ

2019年6月29日

告白湊かなえ

悲しすぎる、読後感

映画化でもなかなか好評価であったことは映画監督中島哲也氏一流の手腕によるものでしょうが、原作も映画も人気がある作品なので、「告白」は日本人のほとんどの人が見聞きしたことのある超話題作と言えるかもしれません。

いわく残酷な現実と衝撃のラスト。

読んでみて、あまりの読後感の悪さにめまいがした。

胸に広がる違和感の根拠は、恐らく悲しいすれ違いの先にある結末があまりに救いようのない残酷なやり取りだったからでしょう。

言いようのない無情感を背負わされ希望のない世界に背中から突き飛ばされたような孤独が、私が得た感触でした。

もしかすると私は少年Aに最も感情移入してしまったのかもしれません。

また別の気持ちで読めば、違った感想になったのでしょうが、もう一度最初から最後まで全部読むことはないと思います。

この底知れぬ気味の悪さは、人間の復讐にかける執念によるものです。

人間ほど怖いものはないというが、視界が狭くなり思いつめた人間は自分の倫理観さえ捻じ曲げ、正義の名のもとに肯定し、「やり過ぎ」に対する自制のブレーキが効かない。こうなると誰にも、目的の完遂以外に走り出した衝動を止めることはできなくなる。その為の犠牲は顧みないし、行きつく先にも誰が得をするわけでもない現実が待っている。悲しすぎる。

長大な蛇足

6章全体に渡る物語の構成はまさに絶妙。

主観の対象が次から次へと変わり、その度に新しい事実が浮かび上がる。

読者の知りたい欲求を巧みにくすぐりながら、前章の伏線を回収しつつ次章への伏線を引いていく。

章が変わるたびに主要人物達の思惑の「すれ違い」「行き違い」が意識され、どこかのタイミングで回りだした歯車を止めることができたのではと思わされます。

そうしたチャンスが幾度となく現れては否定されるもどかしさが一層読者をひきつけている。

モノローグという長編向きではない難しい手法で全6章を飽きさせずに描き切った腕前は「本物」に違いないと思いました。

ただ、2章以降のずるずると見たくもない結末に引きずり込まれる感じは、そのすべてが蛇足だとも言えないでしょうか。

作者があえて描かないことを読者は勝手に想像する。だから第1章「聖職者」の教師の独白は、見えない世界を読者に想像させることで、あくまで教師の主観だけのモノローグなのに教室内におけるほとんどを読者に伝えているのです。

もっと言えば、事件の前後や、独白後の世界でさえ、第一章で描かないことで読者に伝えているとも言えます。

読者にとってそのあと一体どうなっちゃうんだ、と思ってあれこれ考えるのが読後感の楽しさの要素になる。

その後の展開を明かすのはマジックの種明かしに等しい。

「聖職者」のミステリとしての価値

意外な新事実発覚の連続、という全6章の流れですが、ミステリとして問題提議と謎解きが行われているのは第1章だけです。

ミステリ好きの視点からは、第1章だけを評価してその他は蛇足だとこの際断言してしまいましょう。

社会派ホラー小説として(?)、サイコ・サスペンススリラーとして(?)、全6章の「告白」は、人気映画の原作であり、しかも相当に「読ませる」本です。

しかし、ミステリとして評価できるのは「聖職者」のみと言ってもいいかもしれません。

その一方で「聖職者」のミステリとしての価値は無茶苦茶高い。

湊かなえのデビュー作「聖職者」は、小説推理新人賞を受賞しているのですから当然と言えば当然です。

はっきり言って聖職者はそれ単体でパーフェクトな完成品です。

独白形式を見事に利用し、徐々に真相が明らかになる巧妙に練られた語りの順序とストーリーテリング。

前半部の散逸的な種まきから一気追い詰めるような劇的な伏線の刈り取り。

待ちうける衝撃の結末。

まさに新人賞を獲得するに値する名作です。

隙がない。無駄がない。

読後に第1章だけは3回読み直したが、最初の数行から作者の企みが念入りに塗りこめられ、丹念に織り込まれて、その意図の行き届かない文字列はワンセンテンスとてありません。

そこまで無駄を切り詰めダイエットさせ得た作者が、わざわざ後日譚をあのような形で発表していった経緯は想像に難くありませんが、正直言って新作書いてた方が湊かなえにとっては良かったんじゃないだろうかと思いました。

ま、映画は大ヒットだし文句なしに小説も売れまくってるので、それが正解だと言われれば返す言葉もありませんが。

 

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