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空中ブランコ 奥田英朗

2019年7月1日

空中ブランコ 奥田英朗

堂々の直木賞受賞作

神経科医、伊良部一郎シリーズの第2弾にして、堂々の直木賞受賞作。

大衆文芸、とりわけエンターテイメント作品に与えられる日本で最も有名な文学賞である直木三十五賞を受賞できる作家は、後世に名を残すことも可能な中堅クラス以上の実力を(新進気鋭であっても)持っていると聞いたことがあります。

奥田英朗がその冠にふさわしいことは言うまでもありませんが、「空中ブランコ」を一読すればあまたの候補作から受賞作へとジャンプアップできたのも誰もがうなずけることでしょう。

「常識」のタガを外す

前作にあたるイン・ザ・プールの感想でも書きましたが、このシリーズの肝は主人公「伊良部一郎」の奇想天外な人物造形とその治療の課程です。

様々な悩みを抱えた患者に対し、理解不能のカウンセリングで病巣を明らかにし、時に怒らせたりまた笑わせたりしながら、思考の迷路を壁ごと全部ぶち破るような適切でわかりやすいアドバイスを用いて治癒へと導いていく。

ハチャメチャのようで理屈があり、無神経のようで意外な配慮が行き届いていたり。

また自由気ままにみえて、巧妙に原因究明と問題解決の道程をサーチしており、驚くほどあっけなくその方途を示してくれる。

その方途の一つとして特に「空中ブランコ」に繰り返し描かれているのは、常識のタガを外すということ。

「常識」といっても世間一般の常識ではなく、個人が抱えている行動規範というか縛りとしての「常識」です。

この縛りは、それぞれの社会生活や境遇によって形成されているもので、自分の日々の送り方を抑制している固定観念ともいえるもの。

ところがこの固定観念は言わば頭でっかちに造られたものであって、それが内面の自分と合致しているとは限りません。

「こうあらねばならない」と決めつけていることでも、心の奥底では「本当は逆のことをしたい」のかしれない。

そのギャップが大きくなり過ぎたり、または長期化することで神経科的な病状を顕現させてしまうことがあるという。

「常識」や固定観念に捕らわれない、自由奔放で傍若無人な伊良部一郎の言動には、患者らの凝り固まった思考回路をぶち壊す破壊力があります。

そして、いかなる時も前向きで自分勝手な伊良部一郎を知らず知らず憧れてしまうのです。

伊良部が暴く現代の病巣

また患者が誰を頼ることもできず、なかなか言い出せないでいる本当の悩みをついに伊良部に告白する展開は、本当の打ち明け話はできない現代の人付き合いを風刺しているようにも思います。

相談事を真剣に聞いてくれる友も、豪快に笑い飛ばしてくれる友も、大人になってからは減っていく一方です。

利害の絡まない人間関係は実に得難い。

直接の利害がなくとも身近過ぎると噂話の材料になる。縁遠いと真剣味に欠ける。水臭い表面的な人付き合いを巧くこなせることが尊ばれる時代です。

空気が読めず浮いている存在にはなりたくないからこそ、内面の自分を捻じ曲げてでも外面の自分を「常識」の枠にはめて縛っておくのかもしれません。

そしてひしゃげた心の悩みを誰に打ち明けることもできず、解消されぬまま徐々にそのひずみが身体に影響を与えていくようになるのではないでしょうか。

「天才」伊良部一郎の人間性

一方で伊良部一郎の風体や言動は著しく印象が悪く、評判も悪く、それら他人の目を気にしないだけに空気も読めず、周囲からは常に白い目を向けられています。

そして、それにも関わらず彼は堂々として、遠慮がちな他人を押しのけ自分の思うままに生きている。

その生き方には遠慮はおろか謙虚も緊張もためらいすらもない。

結局神経症とは一番縁遠い人間なのかもしれません。

だから、彼の人間性に触れた時に、小さなところに閉じ込められてウジウジと悩んでいることが馬鹿らしくなってしまうのです。

そういう意味で伊良部一郎は間違いなく天才であり、彼を超える才能の持ち主はまず存在しないでしょう。

ただし「天才」と「名医」とは別尺度の別物であることは明記しておく必要がありますが。

「快感」をともなう読書体験

人間は心が揺れ動く。

何かが身の回りで起これば、それをきっかけに心身に変化が現れる。

悩んだり苦しんだりするのも人間の心なら、喜んだり楽しんだりするのも心です。

伊良部の悪い意味で純真で無垢な心に触発を受けた患者や読者の心は、意外なほど簡単に囚われの檻を打ち破って、少し安らかになっていく。

日々の辛さが少し和らぐ。

この体験は一言でいえば快感。

ひたむきに努力を積み重ねて目標を突破するのとは違う、智恵の輪の解法を見つけた時のようなそれです。

一瞬ほんのちょっとだけ視界が広がったような気がするあの感じです。

前作の「イン・ザ・プール」を読んでいなくても何の問題もなく楽しめるかと思います。

読書が嫌いでなければ是非一度は手にとって欲しい一書です。

 

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