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弥勒の手 我孫子武丸

2019年7月8日

弥勒の手 我孫子武丸

物語とは問題解決の方法を伏せたミステリである

ほとんどのストーリーとは、一種のミステリである、と私は考えています。

要するに、問題の提示があり、それが簡単には解決できそうにないのだが、最後には解決する。

どうやって、どのように解決するかが隠されているのです。

だから、私は多くのミステリを読んでいるのかもしれません。

そしてストーリーはハッピーエンドでなければならない、という考えも持っています。

円満解決によるハッピーエンドが最後にあるという約束のもとにストーリーを語るからこそ「この先はどうなるんだろう」「どうやってこの問題が解決されるのだろう」という期待が起こるからです。

バッドエンドやビターエンドはその期待への裏切りです。もしくはハッピーエンドまで持っていけなかった実力不足をごまかしているかのようにも思えてきます。

あらゆるミステリの中でも最悪の後味

ところが本家のミステリは、なかなかハッピーエンドで終われないという特徴もあります。

ほとんどの場合、人の生死が関わっているし、そうでなくとも、謎の真相にはそれなりの理由があるからです。

もちろん、これこそハッピーエンド、という名作ミステリーも少なからずあるんですが、ハッピーエンドにはなりきれないちょっと物悲しい感じのミステリが私は好きなのかもしれません。

まぁ、しかし。

この「弥勒の手」が駆け込むように突入する驚愕の真相は、ハッピーとかそうじゃないとかでは割り切れない、すごく気持ちの悪いものでした。

この後味のまずさ、こそがこの作品の特筆すべき魅力の一つでしょう。

ぐいぐい引き込まれる捜査ミステリ

「弥勒の手」は、突如失踪した妻を探す教師と、妻を殺された警察官が各々自らの手で真相を究明しようとするなかで、ある新興宗教団体の存在とそれぞれの事件との関連に気が付き、ひょんなことから見知らぬ二人が協力して捜査を進めるストーリーです。

教師と警官の視点が入れ替わりながら、謎めいた新興宗教の砦に一歩一歩爪を立てて真相に迫る展開は「捜査ミステリ」の面白さに満ちています。

特に、教団の本部に潜入するくだりはかなり緊張感があります。

しかし捜査対象への疑惑が、謎めいた宗教の幻惑によって結論の出せぬ曖昧な混乱へと導かれるなど、この宗教団体に翻弄され続ける主人公に同調し、読者も何が真実かがいつまでもつかめません。

何をされるかわかならない怖さと戦う中で、次々に明らかになる新事実。

なぜか追い詰められていく主人公。

とにかく、読み始めたら先が気になって気になって、ついつい釣り込まれてしまいます。

面白いのは結末だけじゃない

もういい加減に真相を知りたい、とページをどんどんめくっていくと、「おや、ぜんぜん真相がわからんまま、もう最終対決なのか」という急転直下の展開に。

「よーし、これで証拠はそろった。いよいよ乗り込むぞ。やつらの根城に」みたいな展開を予想していただけに、もうこれは一体どうなってしまうやら、全然想像もできないのです。

そして突然現れる驚きの真実。

まさかまさかの真相とある種鮮やかな幕引きに、ぐっと奥歯をかみしめてしばらく茫然自失してしまったのは他でもない私自身です。

ラストシーンのあるまじきシナリオに絶句した読者は多いのではないでしょうか。

読み直して納得。本当に素晴らしい構成だと思います。

物語は問題解決の方法を伏せたミステリであると述べましたが、ミステリの面白さはトリックのうまさとすべてのヒントを出し切ったあとの種明かしの鮮やかさだと思っています。

ですがこの本に関してはミステリの肝となるトリックだけを取り上げて激賞するつもりはありません。

この絶妙なストーリーテリング。迫真の捜査感。警察内部や教団の描写が放つ異様なリアリティ。鮮烈な一瞬の幕引き。しぶとく苦い後味。どれをとっても超Aクラスの太鼓判付き面白ミステリなのです。

読まれたし。

 

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