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プリンセス・トヨトミ 万城目学

2019年6月28日

プリンセス・トヨトミ万城目学

初めての万城目学ワールド

万城目学氏の小説を初めて読んだのが「プリンセス・トヨトミ」です。

思えば、妻が「鹿男あをによし」のテレビドラマに熱中していた時期もありましたが、今になってその原作者が万城目学であったことを知ったくらいで、私にはチャンスがありながら万城目作品と親しむことがありませんでした。

映画「鴨川ホルモー」の時もその評判は耳にしていながら、話題作とかには返って手を出さないあまのじゃく体質が災いして、結局ドラマも映画も原作も、手を出しませんでした。我ながら損な性質です。

ところがどっこい。読んでみて、面白いかと問われれば、まず面白いと即答します。

かなり壮大なスケールの話が、大阪のごく一部のローカルな土地に凝縮されている感じがなかなか楽しい。

一見関係のなさそうな細かなエピソードがあちらこちらにちりばめられ、それが時々思わぬ伏線になっていたりと小技が利いています。

また登場人物はそれぞれキャラがしっかりと立っていて、結構な人数が登場してきても読んでいて混乱する事もありません。

バラバラだった話が一本の道に集束していったり、コミカルタッチな描写とシリアスシーンとのメリハリがきっぱりとしていたり、後半に投げかけられる鳥居の行動に関する秘密が長い間明かされなかったりと、かなりのページ数を飽きさせずにぐいぐいと物語に引き込んでくる魅力がありました。

特に会話文の応酬がとても巧く、かなりナチュラルな大阪弁が表現されているのにもかかわらず読みやすい。

また意図的に時間軸を転々とさせて時間的には同時進行の別々の話を体系的に説明したりと、とかくわかりやすさに重きを置いた配慮というか工夫が行き届いていると感じました。

さらに、わかる人にはわかるという感じで登場人物のネーミングに凝っていたり、過去作品に出てきた同姓同名の人物が現れたりと、なかなか旺盛なサービス精神に感心させられました。

緊張感たっぷりの全面戦争へ

一言でいえば荒唐無稽なストーリーにちがいありませんが、歴史的事実を背景にしつつそれなりの説得力を持たせたパラレルワールドに仕上がっているのは、登場人物の「生っぽさ」が世界観に厚みを持たせているからではないかと思います。

大阪全停止の伝達が大阪中に広がる様が緊張感たっぷりに描かれていますが、マスではなく一人一人の生きた人間が自分の意思で行動していくあたり、大阪国の本質をよく表していると感じました。

「会計検査院VS大阪国」的な、全面戦争の様相を呈していくわけですが、双方悪人はおらず、自覚している使命を必死にまっとうしようとしているだけ。

だからと言ってこの結末で本当によかったのか、と疑問が残ったが、臭いものにされた蓋を開いて大いにかき混ぜたあとまた閉じるという愚行も「人間らしさ」と言えなくもありません。

サイボーグのような鉄仮面のしたで、余計なことしたなぁと反省している姿は、ある種微笑ましいではありませんか。

映画化について思ったこと

さて、そこで映画です。

原作未読で映画のみ鑑賞した人から聞くと、疑問だらけのままに荒唐無稽のハチャメチャワールドを堪能して、よくわからなかったけど、まあ面白かったと感じたと。

一方で原作を読んで映画を見た人は、設定の変更、欠け、抜け落ちなどが気になって、別作品としてなら楽しめるが小説の映像化としては失敗しているのではと述べました。

そりゃあ、あれだけ物理的に分厚い小説を2時間程度の映画に押し込めるのは土台無理な話。

尺や配役などのバランスで変更せざるを得ない設定も少なくなかったでしょう。

同じものを求めるのは意味がない。

ただ、映画のCMとかで期待を煽り過ぎているせいで、求めていたものと違う、という意見もあるようでした。

思わせぶりな「プリンセス」の存在や、歴史的人物から拝借している名称が返って災いしているのかもしれません。これは原作者には罪がありません。

結局、地上波で映画も鑑賞しましたが、「映画は映画。原作は原作」というありきたりな結論にたどりつきました。

映画だから表現できた部分もあるのでしょうが、やはりあの分厚い本から沸き立つ読者の想像力が、実写映像を上回ってしまうのは当然なのかもしれませんね。

 

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