映画 インプット道場

SING / シング

2019年7月12日

SING/シング

何度でも見たい映画「SING / シング」

この映画は、最後のライブシーンのためにエピソードをコツコツと積み上げて、ライブで一気にカタルシスに上り詰めるという趣向の映画です。

「天使にラブソングを2」みたいに最後に最高のパフォーマンスを披露して終わり、って感じ。

主要人物たちは、最初から歌がとてもうまくて、そこを認められて物語に参加します。

この手のストーリーとしては、下手だったのがだんだんうまくなるわけじゃないところが、一風変わった部分かもしれませんね。

歌うことを楽しむ、その歌を聞くことを楽しむ、そんなライブが最後に待っています。

いいライブは何度見てもいいものです。

歌も曲も素晴らしい。

そういう意味では、何度でも見たい映画ですね。

「SING / シング」は安心感のあるストーリー

悪く言えば、どこかで見たことのあるキャラクターの配置と、どこかで見たことのあるストーリー展開。

それだけに安心して観ていられる感じはあります。

歌こそはメインと思えば、それはそれでいいのかもです。

歌を聞かせることに集中した脚本という感じでしょうか。

主要な登場人物に、それぞれ「家族」や「恋人」、「仲間」に関連するエピソードがあり、歌の力によってそれらの問題が解決されていく構造ですが、全体としては「やりたいことには勇気をもって挑むべき」というテーマがあるように思いました。

「SING / シング」のゾウのミーナの活躍

その意味では、もっともテーマに即した動きをしているのがぞうのミーナでしょう。

コアラの支配人、バスター・ムーンよりも、主人公らしい存在です。

バスターは劇場を盛り上げるために努力を続けますが、うまくいかず、一時はあきらめてしまいますが、親友の励ましとミーナの美しい歌声に救われて、ライブの企画を動かしていきます。

ライブの成功によって、お金持ちから援助を受けることができ、バスターの「心揺さぶられる演目で劇場を盛り上げなければ」という当初の渇きが癒えます。

バスターの場合、勇気は親友やミーナからもらったもので、劇場の再建についてはお金持ちからの援助という自分の努力ではない解決をしています。

バスターは、どちらかというと、みんなを振り回しているようで、受け身な部分も少なくありません。

ミーナは歌が大好きで、歌が強烈にうまいのに、極度の恥ずかしがり屋で人前で歌うことができません。

勇気を出してオーディションには行きますが、結局うまく歌をアピールすることはできませんでした。

しかし、舞台装置を動かす役割を得て、舞台に関わっているうちに、「やっぱり本当は歌いたい」と強く思うようになります。

しかし、バスターが劇場を壊してしまうほどの失敗をしたことでその夢はついえて、ミーナは夢をあきらめかけます。

しかしそれでも歌うことを辞めなかったことで、バスターのやる気に火をつけ、ライブの話が前に進みます。

そして大盛り上がりのライブのトリをまかされることに。

極度の恥ずかしがり屋のミーナは、バスターから「SING(歌って)」と背中を押されて、ついに本気を出して歌を披露します。

ミーナの場合、家族の応援という強い味方があるものの、歌が好きなのに恥ずかしがり屋という矛盾から抜け出せず、やがて舞台に携わることで「舞台に立ちたい」と思いを強めるものの、舞台自体が消滅するという不遇。

しかし、自らの歌によって、バスターのやる気を呼び戻し、ついには恥ずかしがり屋というカセを取り払って最高の舞台で最高のパフォーマンスを繰り広げます。

まさしく「やりたいことには勇気をもって挑むべき」というテーマそのものをあらわした活躍ではないでしょうか。

「SING / シング」は家族で安心して観られる映画

シングでは、それぞれの主要登場人物に見せ場と、これぞという歌が用意されていて、字幕であろと日本語吹き替えであろうと、その歌と歌詞がドーンと胸に響いてきます。

歌の説得力がすごすぎて、それまでの展開とかストーリーとか、全部ふっとんでしまうほど熱狂しますし、感動します。

私は字幕版、吹き替え版と両方観ましたが、こんなことは珍しいのですが、どちらも捨てがたい。

とにかくミーナ役のMISIAの歌唱力ときたら、もう、それを聞くだけでも素晴らしい。

脚本は無難な仕上がりに感じましたが、ラストのミーナに最高のボルテージを持っていく流れはすごくいいと思います。

家族で観て楽しめる映画です。ぜひ。

 

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