声劇 1人

ハニーフレーBAR 第二夜 (女1:10分)

タイトル:ハニーフレーBAR 第二夜

女声1 10分程度

ホラー

BARのママ(??)40代にも60代にも見える妖艶な女性

 

おや、おまえさんまた来たのかい。あの雨の日以来だね、いらっしゃい。そりゃあ覚えてるよ、2回目だろ。うちのご贔屓になりそうな人間の顔は特にね。こないだので味をしめちゃったのかい?なかなかうまい酒だったろ。好きだねぇ、ホントに。なんだい、嬉しそうに。なにかに取り憑かれちゃったみたいな顔して。いやいや、冗談でもないよ。好き好んでわざわざこんな店にくる人間もいれば、幽霊に取り憑かれて喜んでる奴だっているんだよ。あんただって同じさ。
 わかった、わかった。あんたの言う通りだよ。悪かったね、暇そうで。今日はそこの人とおまえさんの二人だからね。でも、うちはこれでもちゃんと商売になってるんだよ。あんたも、もううちの常連みたいなもんだろ。そういう物好きが金持ちの中にもわりといてね。好きもの同士が集まってくるから、ここで商売の話が決まったりするんだ。ちょくちょくね。まぁ、そりゃこんな店じゃそう贅沢はできないけど、定期的に店に金を置いていってくれる客は少なくないんだよ。
 ああ、今そこに座ってる、そう、この人もうちのいいスポンサーみたいなもんだよ。別に金持ちじゃないんだけどさ、この近所で売れない時代遅れの花屋をやっててね。いや昔からの仲間でさ。え?そんな話すんなって。そうかい、まぁいいじゃないの大将。こっちの人にもお得意様になってもらおうってんだからさ。いや、うちも貧乏ってほど金に困ってるわけじゃないけどね。多いに越したことはないだろ、上客は。
 そう言えばさ、おまえさん。こんな昔話があるんだよ。まぁ古い話だから、面白くはないんだけど、ちょっと聞いてくれるかい。
 だいたい昔から銭金と愛情の境目がなくなると、まずいことが起こるもんだ。田舎から出てきて、やることもなくこの町でふらふらしてたヤサ男がいてね。こいつがとんでもない女たらしなのさ。なんであんな男がもてるのか、みんな不思議がってたんだけど、若い女連中からしたら、いくら酷い仕打ちにあって1も好きでい続けられる魅力があったらしいんだね。そうやって尽くしてくれる女がとっかえひっかえいつもいるもんだから、男も男でそれにとことん甘える。仕事もしないで朝から博打に酒でさ、どの娘も必死に稼いではあいつに貢いで、そういう女たちを何人もさんざん泣かせてニヤニヤ笑ってられるとんでもない奴だったのさ。
 ただ、そんなどうしようもない男にも泣き所があってね、それが田舎に残してきた母親だった。息子を溺愛してたんだろうね。その母親役を自分の女に求めてたのさ。ワガママで自由奔放なキャラと、妙に母親を大切に思う優しさとのギャップが若い女には魅力だったようだ。いくら博打で負けても仕送りは欠かかしたことがなかったらしいよ。もちろん女からせびり取った金だったがね。
 それはともかく、ある日そいつの母親が急病だって話がでてね、町中の見知った顔から金を借りれるだけ借りて地元に帰ると言い出した。その当時付き合ってた女に聞いたんだが、全部合わせるとなかなかの金額になったらしい。そのろくでなしが母親のことになると目の色を変えるのをみんな知ってたからね。ああ、そりゃああたしも貸したよ。当時としては結構大きいお金だったと思うけどね。
 その当時付き合ってた女ってのが佳子(よしこ)って娘でさ、ある店の女主人だったんだけど色白で物腰が柔らかくてね、あの男が付き合った歴代の娘たちの中でも群を抜いて美人だったのさ。それに声がよく通る。彼女の「いらっしゃいませ」って綺麗な声にみんな吸い寄せられて店に入っちまうんだ。佳子は昔から自分の店を持つことが夢でね、儲かる儲からないよりも、商売自体を楽しみにしてるようなところがあった。それが逆によかったのかも知れない。だから佳子の店はいつもえらい繁盛振りでね、彼女を目当てにいろんな客が取り巻きにいたんだよ。ところがある日、ヒョイとあいつがそこに転がり込んで、すっかり佳子のヒモに居座りやがった。そいつのせいで、佳子が頻繁に急にお店を閉めたりするもんだから、おかげで店は振るわなくなってね。あたしはそれでもよく行っては何か一つは買ってあげては佳子を慰めてやってたんだけど、彼女は「いつもありがとうございます」って普段通り振る舞おうとするんだ。でもあの煌くような声のツヤもなくなっててさ。あれだけお店を大切にしてたのに、男が金を都合するのに便利だからって、店の権利もろくでなしに譲ったりしてね。どう見たってあいつが疫病神に違いないのにさ。どうにもこうにもあの男なしにはもう生きられないって泣いてね。本当に可哀想だったよ。

 当時はあたしの店もここよりもっと駅から離れてたし、商売もイマイチでさ。二人いる子供もまだ小さかったからね。あたしにしてやれることなんか、正直何にもなかった。一緒に涙を流してやる余裕すらね。
 男が田舎に帰るって時にも、佳子は泣いてすがって何とか一緒に帰らせてくれと懇願したんだけど、「バカヤロウお前なんかが一人前に女気取って顔出すんじゃねぇ」って、みんなの前で殴り倒されてね。それでも佳子のやつは、「お義母さんと顔を合わせないと約束するから」って食い下がって土下座するんだけど、あの男は振り返りもしないで町を出て行ったのさ。酷いだろ。あたし達はみんな気付いてた。もうこの男も貸した金も帰ってこない。佳子は捨てられたんだって。もしかしたら、あの娘もどっかでわかってたのかも知れないけどね。
 それから佳子はしかたなく流行らない店で毎日泣きながら商売を続けてた。もちろん、そんなんじゃ売れるものも売れやしない。わたしも店の外からそんな佳子を見かけたんだけど、とても声をかける気にはなれなくてさ、何度も店の前をそっと通り過ぎたもんだよ。
 しばらく音沙汰がないと、いない人間のことなんかだんだん頭から消えていくもんだ。ろくでなしは半年たっても帰ってこなかったし、佳子もいつの間にか店を休みにしたまま姿が見えなくなっていた。あたしたちにも日常があるわけだから、人の人生にどこまでも首突っ込むわけにはいかないしね。いつしか忘れてたのさ、あの二人のことを。
 でも突然、それを思い出させる事件が起こった。事件と言ったって派手に何かが起こったわけでもなくてね、地味な話だよ。佳子が帰って来たんだ。見つかったのは遺体だったけどね。店の中で死んでるのをたまたま近くの人が見つけたんだ。閉め切ってるはずのお店のシャッターが上がっててね。ふと彼女の綺麗な「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」って声がしたような気がしたって言うのさ。おかしいなと思って、入ってみたら、彼女は店の一番太い梁にロープを巻きつけて、首を吊ってたそうだ。おっと、まだここで呑んでもらっちゃもったいない。この話はここで終わりじゃないんだよ。ここからが本題さ。
 その後すぐにろくでなしが帰ってきた。もちろん一文無しさ。あたしたちは目くじらたてて金を返せって言わなかった。その前に佳子のことがあったからね。ろくでなしの言うことにゃ、結局佳子は実家を訪ねて来ちまったらしい。ろくでなしは向こうであっちの女とよろしくやってたから佳子に来て欲しくなかったんだけど、一番きちゃいけない場面にでくわしちゃったんだね。なんのことはない、ろくでなしの母親は元気だったんだ。他所の女と母親と三人でいるところを佳子に見られたろくでなしは、逆上して佳子に怒鳴り散らしたんだ。
 そりゃあ、それこそひっきりなしにわめき散らしたのさ。佳子は呆然として黙って聞いていたらしいよ。そしていよいよろくでなしが手を上げそうになったときに、佳子の体に急変が起こった。その場で佳子は倒れて意識を失ったのさ。病院に運ばれてはじめて、ろくでなしは佳子が妊娠していたことを知ったんだ。残念ながら流産だった。佳子は子供ができていたことをどうしてもろくでなしに知らせたくなって、嫌なことを想像しながらも奴の実家を訪ねたんだ。そして見ちゃいけないものを見てしまった。
 病院から抜け出した佳子がどういう道筋をたどってこの町に帰ってきたのかはわからない。ただ、自暴自棄になって自ら命を絶ったらしいということぐらいにしかね。佳子は最後に大好きな自分の店で売り物の花に囲まれて死にたかったんだろうよ。
 最悪だったのは、ろくでなしは佳子が死んでからようやく、本当に自分に必要な女は佳子なんだと気づいたことだった。さすがに押しかけ流産事件で奴の地元ではもう誰からも相手にされなくなって、唯一の見方だった母親からも呆れられてしまった。誰からも見放されてはじめて、いかに佳子が特別な存在だったか理解したんだ。花が好きで、本人も花のように可憐で儚い人生を送った佳子だけが、こんな自分をどんな時も本当に自分を愛していてくれた。でもね、いつだって大事なものに気付けるのは、もう遅すぎる時だけさ。ろくでなしはそれからめっきり遊ばなくなって、夜の町からは姿を消した。奴は生まれ変わったんだ。

 え?それからどうなったかって?そんなことはそこにいる本人から聞いてくれよ。ほら、お前さんのすぐ近くに座ってる人だよ。
 ねえ、ろくでなしの大将。あんたがその後、嫁さんもとらずに、独りで花屋をやってるのはどうしてだか、この人に教えてやってくれるかい?佳子なんて古臭い屋号なんて付けてさ。こうやってお店に来てくれてるのも、あのときの金を返してくれてるつもりなんだろ?ああ、わかったよ。じゃあ、そのへんのとこはまた今度にしとこうかい。
 おい、あんた。こっからは小声で話すから、ちょっと耳を貸しな。あの人はああ言っているけどね、実のところは、これは悪い男が改心したって美談なんかじゃないのさ。佳子が死んでから、帰ってきたあの男は、住むところもないもんだから、そのまま佳子の家に居座った。なぜだか誰もそれを咎めようとしなくてね。事実、佳子の店の権利はろくでなしが譲り受けてたから、法的にも問題なかった。でも、そういうことじゃなくってね。突然、あのぐうたら男が花屋を再開し始めたんだ。それも毎日、きちんと決まった時間にお店をあけて、笑顔で接客してるんだ。品揃えのセンスもまるで佳子そのものでさ。なんか気持ち悪いだろ。だから知ってる連中はみんなこう思ったのさ。佳子はきっとあの男と一緒にお店を続けたかったんだろうなあってね。だからあの男は、佳子に取り憑かれたんだって。ろくでなしが本当の愛に気付いて心を改めたんじゃなくて、佳子の強い思いに身も心も乗っ取られちゃったんじゃないかってね。本当のところ、あたしにゃ今でも花屋の前に行くと、彼女の「いらっしゃいませ」って綺麗な声が聞こえるのさ。「いつもありがとうございます」ってね。そこに座ってるのは、本当はろくでなしの大将なんかじゃなくって、どうしてもあの男と一緒にお店を続けたかった佳子なのかもしれないのさ。
 お前さんも、今ここに来てるあの人がどんな心境であたしの話を聞いてたか想像してみたかい。改心した大将ならどう思うね。ちょっと心が痛むかい。それとも佳子の怨念だとしたらどう思う。ほら、見なよ。何かほくそ笑んで、うまそうに呑んでるように見えないかい。
 どうだい、あんたも酒がうまいだろ。おや?もう帰るのかい。そんなに慌てなくても、あの娘があんたをとって食ったりはしないさ。昔から佳子は良い娘なんだ。まあ、たっぷり蜜の沁みた酒は堪能できたみたいだね。お気に召したんならよかった。こんな話をまた聞きたくなったら、お前さんさえよければいつ来てくれたっていいよ。またおいで。今度来るときも、うまい酒とつまみを用意しとくからさ。

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