声劇 1人

ハニーフレーBAR 第四夜(女1:10分)

タイトル:ハニーフレーBAR 第四夜

女声1

ホラー

BARのママ(??)40代にも60代にも見える妖艶な女性

 

 いらっしゃい。あんたも、もう4回目になるかな。どしたんだい、今日はいつもより随分遅いじゃないか。そんな寝とぼけた顔してわざわざ呑みに来たのかい。最近うまく眠れないんだろう。へえ、そんな面白くない夢見んのかい。夢にしても酷いね。本当にそんなヘマをやらかしちゃクビだろう。そりゃあおちおち寝てられないわけだ。でも、そんな嫌な夢みるくらいじゃあ、現実もあんまり面白くないんだろね。仕事もプライベートもうまくいってないって面してるよ。

 あんたのせいじゃないのに責任はあんた?それと、職場の人間関係が複雑だし、あとはお金かい?それに上乗せで家庭の悩みだろ。なんでわかるかって?だってみいんな同じだからさ。いいわけも同じ。俺は悪くない。まわりが悪いってね。いいかい。そうやって現実から逃げるから、いつまでも追いかけられるんだ。いつかは精算しなきゃいけない。先送りした分、転がってきた雪だるまは大きくなってる。早めに悪い夢から覚めて、現実と向き合った方がいいと思うよ。

 え?そんな説教なんかいらないって?まあ、あれだ。うちは別にかまやしないよ。誰にだって現実を忘れたい時や、眠りたくない時はあるさ。この店は午前中は昼前まで開けてることも多いんだよ。だからってあんたみたいに眠れないって客ばかりじゃないさ。夜勤明けの連中の休憩場所も必要だろ。朝まで働いて、帰って寝るだけも寂しいけど、午前中の世間様は騒がしすぎるからね。うちみたいなとこを求めて来る客もいるんだ。

 うちの常連さんの中にタクシー乗りの兄ちゃんがいてね。兄ちゃんっても、もう四十がらみかね。奥さんと子供がいて、もともとサラリーマンをやってたんだけど、会社では人間関係でギクシャクしちゃって、家庭でも良くないことが続いてね。いっそのこと仕事を捨てて人生やり直そうって考えたんだけど、手に職があるわけでもなし、ただ仕事で車走らせてるのは嫌いじゃなかったって理由だけでタクシー会社に飛び込んじゃった。最初はサラリーマン感覚がぬけなくて業績もイマイチでね。24時間車転がして一日休みっていう勤務を繰り返してたんだけど、慣れないうちは一人客を乗せちゃあ昼寝してたらしいよ。で、朝方ちょっと元気がでてきたころに仕事が終わって、家に真っ直ぐ帰っても、パッと眠れない。休みの日にちゃんと寝とかないと、次の出勤で体がもたない。そこで、呑んでから帰ろうと思ったらしくてね。うちに最初に来たときはうだつの上がらない、のんきな表情で店に入って来てさ、気の抜けたくだらない身の上話をして一杯だけ飲んで帰るんだ。最初に来た時から、ちょっと影が刺すというか、気になることがあってね。だから気にはかけてたんだけど、まあ、長くは続かないだろうと、あたしゃ思ったけどね。それからもう五、六年にはなるかね。今じゃ立派なタクシー乗りに成長したんだけど、それでも今でも週に一度は来てくれてるんだ。義理みたいなもんかね。あれは、その兄ちゃんがタクシー始めて半年ぐらいだったかな。ちょっと、相談に乗ってやったことがあってさ。それが、やたらと怖い夢を見るっていうんだ。

 聞けば実にリアルで嫌な夢でね。兄ちゃんがよく使ってるエリアに大きな交差点があるんだけど、そこでやっちゃうって夢だよ、人身事故を。それも小さな男の子を乗せた女の自転車をはねるってやつさ。母親らしき女はかすり傷程度で平気なんだけど、子供が頭を打ってぐったりして意識がない。女が泣き喚きながら子供をゆすってるんだが、子供は泣き声ひとつあげられない。兄ちゃんは立ち尽くすだけでなんの手当もできないんだけど、何故だかもう死んでるってわかるんだ。そして不思議とその子がとっても可愛くてね。その可愛い子供を死なせたって罪悪感だけで頭がいっぱいになって夢の世界が真っ暗になる。そこでシーンが変わって、喪服着て前の会社の上司とその子供の葬式に来てるんだが門前払いを食って会場には入れない。だから式が終わるまで外で頭を下げ続けてるんだ。でもいつまでたっても式が終わらない。葬列がやまないのさ。いつまでもいつまでも。絶望の中でふと目が覚めると泣いている。枕は涙でぐっしょりさ。

 そいつを度々見ちゃうんだよ、決まって金曜日の夜に。細部にわたって思い出せるほどリアルな夢なのに、どうやって親子をはねてしまったのかがどうしてもわからない。わかるのは結果だけ。課程がすっぽり抜け落ちてる。そして、いつかきっとこれを現実にやるんだろうなって、そういう確信みたいなものはあった。嫌だろ。必ず起こる最悪の事態が事前にわかってるって。それも防ぎようがない。いつ来るかもわからない。

 兄ちゃんはビクビクしながら、まさかそれは今日じゃないだろうな、今日じゃないよな、と思いながらそれでも仕事に出てた。そんなことで、いい仕事なんてできるわけないだろ。悪夢を見るくらいなら寝ない方がましだって気持ちになってくる。でも冷静に考えれば、それこそ事故の元だと思わないかい。実はその時兄ちゃんは危なかったのさ、実際。本気で事故を起こす気でいたんだ。

 あたしの息子は臨床心理士なんてやっているから、この話をしてやったら随分興味深そうに聞いてたよ。無意識が意識をコントロールしている好例だとかなんとか言って、夢について詳しく知りたがってたね。その点、あたしゃ専門家じゃないけどね、夢の世界は。でもはっきりしてることがあったから忠告してやったのさ。もしかして、その終わらない葬列ってのは、事故で死なせた子供の葬式じゃなくて、あんたの実の子の葬式だったんじゃないのかって。そしてそれを許してもらえないのは、いや許せないのはあんた自身なんだろ。幼い我が子を死なせてしまった。父親として何もしてやれなかった。その罪悪感がそんな夢を見させてるんじゃないのかってね。

 兄ちゃん突然がっくりとうなだれてね。「息子は五歳だったんです」と言って、めそめそ泣き出した。「僕が仕事に追われて家庭を顧みなかったから、息子には随分不憫な思いをさせてしまった。当時の会社は辞めましたが、きっと息子は僕を許してはくれないでしょう」そう言って拳を握り締めてた。力いっぱい。

 あたしが兄ちゃんに「そんな今のあんたを見て、あんたの子はなんて言うだろうねえ」って聞いたらなんて答えたと思う?しばらくの間呼吸すら忘れたみたいに押し黙って、それからポツリと「パパは死んじゃいけない」そう言ったんだ。死んだ子供の気持ちを代弁させてみたら、本心が出てきちゃった。兄ちゃんは心の底では自分も死にたいと思ってたのさ、我が子を追って。自分で自分を追い込んで、結果として事故を起こして死ぬ。それが兄ちゃんの「夢」だったんだよ。

 金曜日の夜に兄ちゃんの子供に何があったのかは知らない。兄ちゃんにそんな野暮なことは聞かないし、兄ちゃんの右肩に現れた男の子が兄ちゃんを見て笑ってたから、きっと悲惨な出来事じゃなくて、たぶん必然だったんだと思うね。可愛そうだけど。思えば、兄ちゃんが最初にうちに来た時から、寂しそうな顔した男の子の影があたしを見てた気がする。もしかしたら、あの子が兄ちゃんをうちに連れてきたのかもしれない。パパを死なせないためにね。

 それから兄ちゃんは普通に仕事を頑張るようになって、今じゃ一人前のタクシー乗りってわけさ。タクシーを選んだ理由が自分を殺したかったからなのにね。今じゃあたし達二人の笑い話だよ。

 だからさ、あんた。人間ってのは、自暴自棄になってることに自分さえ気づかないこともあるんだよ。今のあんたみたいにね。無意識は意識を超越するんだ。胸に手を当ててみな。あんたの仕事でヘマやらかすって夢はさ、あんたがそうなりたいってことじゃないかい?こうやって夜な夜な呑んで、寝不足になって、それで仕事で取り返しのつかないことやらかして、それを口実に会社を辞める。誰も引き止めないし、家族もしかたないと諦める。それがあんたの本当の「夢」さ。

 本当に馬鹿馬鹿しいね、あんたは。そんならいっそ、辞表叩きつけるぐらいの根性見せてやりなよ。極論を言えば、死ぬこと以外はかすり傷って覚悟さえ決まれば、怖いものなんかないんだ。くだらないぐちゃぐちゃしたいいわけや愚痴なんか出てこないはずさ。さあ、わかったらそいつを呑んでとっとと帰って寝な。明日からはちゃんと働くんだよ。いいね。

 よし。じゃあ今日の説教はもうやめとくよ。お疲れ様。

 またいつでも来な。毎晩店は開けておくから。

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