声劇 1人

ハニーフレーBAR 第三夜(女1:10分)

タイトル:ハニーフレーBAR 第三夜

女声1

ホラー

BARのママ(??)40代にも60代にも見える妖艶な女性

 

 おや、いらっしゃい。見た顔だね。そうかい、もう三度目になるのかい。なんで来た回数を数えてるのかって?それはそれなりに意味があるんだよ。あんたは三回目。今日はあれだろ。終電に乗り遅れたんだね。しかも駅のホームまで行って来た。何でわかるかって。そう顔に書いてあるよ。それに、何と無く青白い顔してる。あたしも駅前のこっちに店を出して10年は経つからね。だいたい顔見りゃわかるんだよ。
 おや、やけに元気がないね。あんた、死んだ人間の目してるよ。あはは。いや、それは冗談だけどさ。ま、とりあえず座りなよ。一杯やりな。どうだい。今日のは格別うまいだろ。ま、呑みながらでいいからちょっと聞いとくれよ。実はさ、今日はあんたに、まあ一応、話とかなきゃいけないことがあるんだ。いや別に改まって言うような大した話でもないんだけどさ。
 あれはまだここに店を出して間もない頃だったねえ。あたしんトコには子どもが二人いるんだけど、ようやく手が離れてね、本格的に商売に身をいれようって時期だった。下の子は男の子で随分前から医者になるって言っててねぇ。うちには子供を医者にできるような金もコネもないからさ、アルバイトをしながら大学行って結局、臨床心理士とか言う小難しい商売を始めたんだ。上の子は甘ったれのお姉ちゃんでね、学校卒業した後も仕事もせずにふらふらしてたんだけど、お店に来てた若い女の占い師さんのお手伝いをさせることにしてね。この占い師さんってのが、女だてらにきっぷが良くて気持ちのいい人間でさ、占いの方はとんだペテンなんだけど、誰彼構わずズケズケ物を言うもんだから、金持ち連中から評判になってねえ、あっと言う間にに大物になっちまった。でも本当は、うちの娘が占い師をホンモノにしたってのが実のところでね。あたしの娘だけあって、あの子もまあまあ「わかっちゃう」質でね。あの子が占い師の代わりに相手を視て、それを占い師がさも大物ぶってお客に話すって寸法さね。
 で、その娘がある朝こう言うのさ、お母さん今日はお店休んだらって。「馬鹿言ってんじゃないよ、こっちはあんたとこと違って、毎日店開けてることに価値があるんだ。ヤな事があったって、体調が悪くたって、ちゃんと店を開けることであんた達を育ててきたんだ」そう言ってやったのさ。ところが、いつもならすぐに引き下がる大人しいあたしの娘がその日に限ってはやけに強気でね。「お母さんにだってわかるでしょ、今日はよくないことがあるって。もう無理して商売続けることもないんじゃないの」ってさ。こっちはようやく重たい荷物おろして、本腰入れて商売しようとしてんのに何にもわかっちゃいないんだ。だから言ってやった。そんな「何かある日」なんて、今までもいっぱいあったんだ。これくらいのこたぁいつものことさ、何でもないよってね。
 でも本当はちょっと、いつもと違うのはあたしにもわかってたんだ。なんとなく、いつもより遅くお店を開けたからか、客も全然入らなくってね。ますます、ヤな感じになってきた。一人で何時間もただただ店番してるとだんだん不安になってね。ああ、誰か、誰でもいいから、お店に入って来てくれないかなって、ずっと思ってた。
 すると、ちょうど今くらいの時間に、慌てた様子でスーツ姿の男が一人で何も持たずに入ってきたんだ。ちょっと息を切らしてて、どことなく青白い顔をしてるんだ。とりあえず水を一杯くれって言ってね。よく見ると汗をびっしょりかいてた。少し落ち着いた頃に、一体何があったのか聞いてみたんだよ。その人はまだ混乱気味って雰囲気だったけど、話してるうちにだんだん落ち着きを取り戻してきたみたいでさ。
 よくよく聞いてみると、最終電車に乗ろうと駅のホームに突っ立ってたら、何だか挙動不審な女が、ホームの端っこでウロウロしてるのが目に入った。ウロウロしながら時折ホームの下を覗き込むようにしてる。そしてしばらく線路を見つめたまま、何かぶつぶつ言ってるように見えたんだ。あ、これはもしかして自殺しようとしてるんじゃないかなって頭をよぎった。でも自殺と決まったわけでもないのに、いきなり声をかけるわけにもいかない。ああ、でも終電で自殺でもされたら困るなぁ、きっと帰れなくなるなぁなんて、先に自分のことを心配したらしい。それでなんとなく気になりつつも電車を待ってたら、いよいよ電車がホームに来るって段階でふとその女と目が合ってしまった。女も明らかに嫌なところを見られたという素振りを見せたらしい。顔をそむけた女は、そのままゆっくり線路に向かってホームの淵に立った。さすがにこれはマズイ。顔も見られちゃったし、このまま見過ごすのは後味が悪すぎる。そう思った男は、線路に飛び降りようとする女に駆け寄って、必死に抱きすくめようとした。すると突然まるで女とは思おえない力で逆にねじ伏せられて、「あなたも一緒に死んでくれない?」って頭一つホームから飛び出した状態で馬乗りで首を締められたそうだ。汽笛の音が聞こえて電車が駅に進入していることはわかったけど、血走った目で奇声を上げながら首を締めてくる女の恐ろしい形相から目が離せない。なんとか女の手を振りほどこうとするんだけど、デカイ岩でも乗っかってる見たいにビクともしない。いよいよ電車がけたたましいブレーキ音を響かせながらすぐそばまで来た。もうだめだ。そう思った時、心の中で「すみません、ごめんなさい、ゆるしてください」と謝罪したそうだ。何で謝ったのか、それもその時にはわからなかったんだけど、もう許してもらうしかないと思ってとにかく泣きながら謝った。頭のそばを電車が通った時の激しい風を感じて、助かったと思った。自分は一人でホームに座り込んでいて、女の姿はない。でも全身汗だくで、とても立ち上がれない。乗務員がわざわざホームに降りてきて怪訝な顔であたりを見回していたが、男は結局終電をやり過ごすことにしたそうだ。そこからはあまり覚えちゃいないが、駅を出てからなんとなく誘われるようにこの店に来てしまったって言うんだ。話しながら男の首筋を見ると確かに赤黒いアザが見えてね。そりゃ大変だったねぇ、って相槌を打ちながら、あたしはふと男の様子がおかしいことに気づいたんだ。何かに怯えるようにちょくちょく、後ろを気にしてるんだよ。あたしと話をしながらもずっと、背後に意識があるというか、背中をずっと警戒してたんだ。あたしは意を決して言った。後ろ、気になるのかいって。するとビクって驚いたような顔をしてね、「やっぱり、いますかね」って言うんだよ。男が言うには駅を出てからも、なんだかずっとあの女につけられてるような気がして、なんとなく今も首筋を女の手で覆われているような感触があるって言うんだな。いつまでもいつまでもあの女の顔が目に浮かぶんだ。
 まあ、もう知ってると思うけど、わたしはいわゆる「視える」質でねぇ、気の毒だけどはっきり言ってやったんだよ。後ろには誰もいない。あんたは一人でここに入ってきたさ。だけどね、死んでるのはその女じゃない。あんたの方だよって。でも本人は信じられないんだな。そんなはずはないって。あたしは彼をなだめるように言ったんだ。じゃあなんで手ブラでここに来たんだいって。今、お金も持ってないだろ。死ぬ時には本当に必要なものしか持っていけないもんだ。あんた会社帰りじゃないのかい。なんで、カバンのひとつも持ってないのさ。そういうと、男はだんだん自信がなくなってきたみたいでね。スーツのあちこちに手を入れて財布を探しても見つからない。あたりをキョロキョロ見回すんだけど、入って来た時から手ブラだったんだから、カバンなんかあるわけない。そしたら急に立ち上がってね。ホームだ、きっとホームにおいて来ちゃったんだって、駅に帰ってっちゃったんだよ。もう、駅閉まってるのにね。結局、その男はその夜、店には帰ってこなかった。
 え?ところで男は本当に死んでたのかって。そんなのあたしの知ったこっちゃないよ。ただ、確かにその日のちょうど一年前に、自殺しようとした女が、助けにきた男を殺害したって事件があったんだ。女は精神鑑定の末に無罪になって、今でも病院で生きてるのさ。

  でも、それからなんだよね。終電に乗り遅れたって客が、なんでかうちの店にふらりと来ちゃうようになったのは。それも決まってホームまで行って来たってさ。思えば、あたしが無意識にあの男を店に呼び込んじゃったのかも知れないねぇ。誰でもいいから来て欲しいってね。だって駅前にはこの時間でも開いてる店なんかいっぱいあるし、朝までやり過ごすなら、サウナでも漫画喫茶でもいいはずだろ。でもなぜかうちなんだ。だからいつもそういう客にはこう聞いておくのさ。あんた、本当に生きてんのかい、ってね。あんたはまだ生きてるみたいだから財布も持ってるだろ。始発までうちにいてもかまやしないよ、あたしはね。ただし、変なのが相席になるかもしれないけど、それでもかまわないかい?ほら、あんたの後ろにいる青白い顔したのとかさ。

 なんてね。あんた、今すごくいい顔したよ。そいつが見たかったって言ったら怒るかい。
 わかったよ。じゃあ一杯目はおごりにするからさ。ほら、うまい酒だよ。じっくり味わいな。

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