声劇 1人

ハニーフレーBAR 第五夜(女1:10分)

タイトル:ハニーフレーBAR 第五夜

女声1

ホラー

 

BARのママ(??)40代にも60代にも見える妖艶な女性

 

 いらっしゃい。おや、今日はお連れさんが一緒かい。どうも初めまして。一応、名刺をもらっとこうかい。

 ねえ、ちょっとあんた。あんた、この人にうちのことをどんな風に紹介したんだい。ああ、やっぱりそうかい。それで面白がって見に来たくちだね。あんたも今日で5回目か。まあ、これも運命かね。あんたが雨の日にうちになだれ込んで来た時から、決まってたことなんだろうさ。

 ちょっとお連れさん。これ見たことあるかい。桐の木箱に御札なんか貼ってあって、随分いかめしいだろう。なんだと思うね。お連れさん、好きなんだろう。怖い話の噂なんか聞いたら、ちょっと行ってみたくなる。そういう顔してるよ。ああ、そうかい。こりゃあたしよりお連れさんの方が詳しそうだね。

 いいね、この小箱は誰にでも見せるもんじゃないよ。だから心して聞いておくれよ。

 こいつはある馴染みの客から預かったものなんだが、まだそいつが引取りに来ないもんだから、しかたなくうちで預かってるんだ。月に2度くらい二人連れで顔を出すぐらいだったんだけど、その日は珍しく二日続けて来てね。しかも二日目はいつもと違う女。なんか妙だなって思うよ、そりゃ。男が一杯だけ酒を呑んだ後、唐突にこれを預かって欲しいって切り出してきた。あたしゃ「お断りだね。うちは僅かな客に酒を呑ませるだけの小さな店さ。人のものを預かるスペースなんてないね」って突っぱねた。大体あたしがピシャリと言ってやれば、どんな輩だって少しは怯むもんだよ。ところが男はどうしても引き下がらない。「なんなら俺はこれをここに忘れていく。だから次に来る時まで忘れ物として置いといてくれるわけにはいかないか」なんて言い出した。馴染みの顔にそこまで言われて無視するわけにもいかないし、しぶしぶ「わかったわかった。今回限りはそういうことにしといてやるよ」と言ってやったら、えらくほっとした顔してね。女が何かを男に耳打ちしたあと、「肩の荷が下りた」って言って呆けた顔して出ってたよ。女はぴったり後ろについて行って、あたしには結局一言も口をきかなかったね。

 その箱が何だかわかるかい。いや、まだ開けちゃダメだ。開けるかどうかは、あたしの話を聞いてから自分で考えな。

 実はその前の晩から様子がおかしかったんだ。二人連れはいつもより妙に興奮していてね。店に来てからずっと二人で何か早口で喋ってたんだ。「どんしたんだい、そんなにはしゃいじゃって。いい大人がみっともないよ」って声かけたら、いつも元気な女が急に小声になって「ママにちょっと聞いて欲しいことがあるの」って改まって言うんだ。正直、嫌な予感がしたね。

 昔、この近所の山手の方にちょっとした総合病院があってね。町医者じゃ診れないような患者は大抵そっちへ回されるってとこで、ここいらで知らない人はない病院だったんだけど、あの時の大地震でかなり被害があってね。7階建ての2階部分が潰れて、たくさんの病人が閉じ込められたまま死んだんだ。自然災害だから、誰にも責任はないんだけど、病院内に閉じ込められながらも生き残っちゃった院長が後に自殺してさ。そりゃあ、目の前で助けられたはずの人たちが、どんどん死んで行くんだ。手を尽くしても手を尽くしても、間に合わない。彼には地獄よりもきつかったんだろうよ。周囲にはよく「地震で生き残ったのは自分の日頃の行いが悪かったからだ」と漏らしてらしい。ほどなく病院を眺めながら、近くの大きな木に紐をかけて首を吊ったのさ。

 病院は取り壊しになって、ほとぼりがさめた頃にボーリング場ができたんだが、これがまったく流行らなくてね。地元の人間は、やっぱりちょっと気味悪がってたし、他所からくるには不便な場所だったから、しかたなかったんだろう。ここでもオーナーが首を吊ったんだ。そのまま建物は放置されて、やがて廃墟になっちまった。

 昼間でもなんか薄気味悪い場所でさ。よく廃墟が不良の溜まり場になったりするケースがあるけど、ここは不良も近づかなかった。でもね、昼に人気がないのに、夜になると毎日のように人が集まってくるんだ。不思議な話だろ。いわくつきの場所だって噂が先に立ってるもんだから、面白がって肝試しをやりにくる連中が後を立たないんだ。怖いと思って来るから、なんでもないことでも怖がって帰る。そういう噂話が飛び火して尾ひれはひれがついていくうちに、本当に不気味な体験をしたって人間が出てきたんだよ。髪の長い女が出るとか、大事なものがなくなるとか。気がつけばあっという間に有名な心霊スポットになっちゃった。

 あんた、にやけた顔して、面白がってるのかい。おや、お連れさんはちょっと顔色がよくないね。まあ、酒を呑みなよ。この酒は、この世の不幸をすっかり洗い流してくれるってぇ聖水で作った幻のウィスキーさ。その道の人間でもおいそれとは飲めない大事な酒だ。どうだい、うまいだろ。

 例の二人連れにその話を教えてやったら、随分興味を持ってね。しまいには今度来る時はそこによってから来ると言い出した。あたしは「悪いことは言わないから、よしな」って忠告したんだけど、男は聞かないんだ。妙に張り切ってる。そして店を出て行く間際にあたしにこう言ったのさ、「実は俺はもう何度も行ってるんだ」ってね。

 2週間ぐらいたったかね。二人連れは妙に興奮して、はしゃぎながら店に入ってきたんだ。そこで女が神妙な顔つきで「聞いて欲しいことがある」なんて言い出した。「ちょっと聞いて欲しいことって、まさか例の廃墟のことじゃないだろうね」あたしが聞くと、女はより声をひそめて「実はそうなんです。私、見ちゃったんです、髪の長い女の人」って言うんだ。「しかも、それだけじゃないんです。この人も見たんです。いきなり耳元であなたは4回目って言われたって」言いながら女の方は震えてたよ、男は笑ってたがね。

 彼女があんまり怖がるもんだから、少し安心させてやろうと思って、うちの常連の占い師さんを紹介したんだ。うちの娘はその占い師のとこで働いててね。娘は昔から、まあそれなりに霊感が強くてさ。あんまりに視えるもんだからまともな仕事に就けなくてね。知らなくても良い情報ばっかり勝手に入ってくるもんだから、娑婆は居心地が悪いんだ。

 翌日、娘は彼女を視るなり、二度とあそこには行くなと忠告して、連れの男はもっと危ないからここに連れてこいと言った。女は男に電話をかけたが、男は電話口で「馬鹿馬鹿しい」と言って取り合わない。娘が、なにか大事なものをなくしてないかだけでも確認してくれと食い下がったら、男はちょっとだけ考えてから「そういえば、あそこに行ったあと名刺をなくしたよ」とだけ言って電話を切ったそうだ。娘は占い師と相談して、女に御守りを渡して、こう説明したんだ。「これを彼に持たせてあげて。これは取られたものを取り返すことのできる御守りです。早く取り返さないと彼は命を取られます」ってね。

 一応解説しておくと、名刺がなくなったって話は、実にヤバくてさ。名前を取られるってことは、命の自由を握られるってことなんだ。仏の顔も三度までって聞いたことあるだろ。あっちの世界に行って無事に帰って来れんのは、3回までなんだ。4回目には自由を奪われて、5回目には帰ってこれなくなる。もの好きも度を過ぎると、あっち側の人間になっちまうんだ。境界を踏み越えたことすらわからない馬鹿はね。

 その日の晩さ。まるで生気のない顔色で男が見知らぬ髪の長い女を連れて店に入ってきたのは。そしてこの小箱を置いていった。あたしはすぐにピンと来たさ。こいつはあたしの娘が女に託したはずの「御守り」じゃないのかって。何が入っていたと思うね。開けるのかい?そいつを。そりゃ、開けるよね。お連れさんなら。じゃあよく見てみなよ。

 どうだい、見つかったかい。あんたの名刺。全部バラバラで、今は40枚ある。どんな意味があるとか、あたしにこれ以上説明させないでもわかってくれるだろ。事実だけを言えばこれを受け取ってから丸3年、まだこいつがここにあるってこった。奴はもうこれを取りに戻らない。こいつを受け取った時、名刺は52枚あったが、この中に奴の名刺はなかった。そしてここに名前があった客は、お連れさん、あんたで13人目なのさ。なんの巡り合わせか、こうやって人づてにうちの店に来ちまうんだ。心霊スポットとか怖い話に目がない、馬鹿ばっかりがね。これが、あたしが毎日店を開けてる理由のもう一つだよ。

 ところで、ねえ。あんたも、これでこっち側の人間だね。あたしからこの箱を引きずり出すのを手伝っちまった。悪いけど、もう遅いよ。あんたは5回目。

 なあんてね。何青っちろい顔してんだい。さあ呑みな、呑みな。馬鹿言うんじゃないよ、この店は境界の向こう側どころか、むしろ特別な力で守られてるんだ。あんたたちは、ここの酒で身を清めていけば大丈夫。この酒は、魔よけにもなるんだよ。どうだい、今日はいつもより格別にうまいだろ。そりゃよかった。

 安心しなよ。ほら、みてごらん。ああして聞き耳立てて美味そうに酒飲んでる連中も、みんな一度は間違いを犯してる。ここに来る客は似たり寄ったりさ。みんな生きてることが不安なんだ。金とか地位とか、そんな薄っぺらいものに、自分が犯した過ちをなかったことにする力はないからさ。罪悪感と不安にまみれた毎日じゃ、宝石だってガラクタ同然さ。だから隣の芝生は青く見えるし、他人の不幸は蜜より甘い。でもね、酸いも甘いも人生なのさ。ガラクタが宝石よりも輝いて見える瞬間が、この世にはある。生きてさえいればね。

 ちょっとは落ち着いたかい。そうかい、じゃあ気をつけて帰んな。またゆっくり呑みに来なよ。うん。その時も、うまいお酒とつまみを用意するからさ。

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